おばあちゃんと10年ほど仲良くして下さったヘルパーさんの存在!
この方の存在を完全に私は忘れていました。
失念していました。
この方の存在なくして、私のおばあちゃんの事は語れません。
なのに、完全に忘れていました。
このヘルパーさん(Oさん)はすごい人でしたね。
私がヘルパーを取得するはるか昔から私のおばあちゃんの家へ訪問してくれていました。
人柄が良かったし、口も堅かったし、いつも笑顔で安定しているし、とにかく無駄なこと一切言わない方でした。
自分のことをペラペラ話さない方でしたけど「ヘルパーをしていない時は百姓仕事をしてますよ」と言っていたそうです。
物を絶対に受け取らない人でしたね。
逆に受け取ってくれるようなことがあるのなら、私の方が「受け取ってくださってありがとうございます」と言いたいぐらいの存在です。
私はヘルパーになって思っていたことがあります。
介護職員はペラペラ自分のことを話してはいけないんですよね。
でも、利用者からすれば「ある程度ヘルパーさんの事」を知っていないと面白くないですよね。
だって、何の情報も知らない人を毎回家にあげるのって気持ち悪いじゃないですか。
ヘルパーさんは「何人家族、孫がいる」という最低限の情報があれば顔見知りになって、ひとまず信頼できますよね。
「ヘルパーさんは何人家族なんですか?」と聞いたときに「それはお答えできません」「決まりですから話せません」と完全にシャットダウンするようなヘルパーさんがいたら?
私が利用者なら「ヘルパー変えて下さい、あの人は信用できない」と言うかもしれないです。
断り方とか、うまく話をすり替えたり、伝え過ぎないとか、介護職員は難しいですよね。
いろいろな職種に当てはまることでしょうけど。
逆にぺちゃぺちゃ話好きのヘルパーさんもいたりします。
これも信用できないかもしれません。
とにかく、自分に完全に優しく人に厳しい私が、このOさんにはいちゃもんがつけられないほど良い方でした。
この人はヘルパーの鑑でした。
おばあちゃんの付き添いで病院へ行けない時がありました。
このOさんはわざわざ付き添いできるよう資格を取ってくれ、病院に付き添ってくれたこともありましたね。
長年お世話になったいましたが、程より距離感を作れる方でした。
最初、Oさんが私のおばあちゃんと出会ったのはおばあちゃんが70代の時でしょうかね。
その頃のおばあちゃんは自立をしていて私の家の近所の一軒家に一人で住んでいました。
糖尿病、心臓病、脳梗塞、足切断…その他もろもろしていましたが、一人で住めました。
買い物も近所のスーパーでしてたし、台所へ立って料理もできたし、2階にも上がれたし、老人会にも歩いて参加しに行ってました。
バスに乗って一人で通院していました。
ヘルパーさんが来られた時は、利用者の模範「ヘルパーさんと一緒になって掃除の手伝い」をしていました。
ヘルパーさんに全て任せず、一緒になって体を動かしていました。
おばあちゃんの病気がだんだんと進行し、体力も足の筋力も衰えてきました。
最後の入院まで自力で歩けてはいました。
そうなってくると不安なので私の家の目前のアパートを借りてそこで生活するようになりました。
私の家は玄関に長い階段や段差があり不便なので段差のないアパートを借りました。
私の家の玄関を出て10秒ぐらいでおばあちゃんのアパートに着きます。
亡くなるまで、病院へ運ばれるまでずっとおばあちゃんの家をOさんは訪問してくれました。
おばあちゃんも信頼していたし、私も完全に信用していました。
もし何か不慮の出来事があったとしても、Oさんなら私は許せます、という状態でした。
それくらいの人でした。
今でもあの時にヘルパーさんというより、Oさんがいて良かったなと思っています。